レジデンス成果展示

あじびレジデンスの部屋 第Ⅲ期 天空へはばたく凧―スーン・ヴァナラ

期間
2024年1月2日 (火) 〜 2024年4月9日 (火)
会場

アジアギャラリー

《はじめに》

福岡アジア美術館では、1999年の開館当初から、毎年アジアの美術作家や研究者を招いて一定期間滞在していただき、市民との共同制作やワークショップ、トークなどをとおして交流をおこなう「レジデンス事業」をすすめてきました。2022年より、Fukuoka Art Next(彩りにあふれたアートのまちをめざす福岡市主催の事業)の一環として、アジアのみならず、国内外から公募した年間8組のアーティストが、Artist Cafe Fukuoka(中央区城内)のスタジオで制作に取り組んでいます。こうしたレジデンス事業の「これまで」の取り組みとその後のアーティストの活躍を紹介するため、2019年度より「あじびレジデンスの部屋」を開設しました。

本展では、「第2回福岡アジア美術トリエンナーレ2002」参加アーティストで、同時期にレジデンス事業に参加したカンボジアのアーティスト、スーン・ヴァナラを紹介します。ヴァナラは、カンボジアの凧を平和と自由の象徴と捉え、福岡滞在中に市民とともにカンボジアの楽器凧を制作するワークショップと、凧揚げ大会を開催しました。そのほかにも、実験的な凧の制作や福岡在住の日本画家と大型の凧を共同制作するなど、凧を通して平和への強い思いを人々へ届け続けました。このようなヴァナラの活動を通して、紛争や内戦の絶えない現代社会における平和の意味について、再度考えてみたいと思います。

また今回の展示では、ヴァナラと同じく凧に深い関心を寄せ、ベトナムや北部九州の凧を調査してきた2023年度第Ⅰ期レジデンス・アーティストの清水美帆(7月から9月に滞在)も加わり、スーン・ヴァナラの活動に応答した新作の凧も展示します。

 

《作家紹介》

スーン・ヴァナラ Soeung Vannara
滞在期間:2002年6月4日~9月3日

1962年カンダル生まれ。1995年にポーランドのワルシャワ美術学院大学院で修士号を取得。以降、プノンペンの王立美術大学造形学部で教鞭をとっている。クメール・ルージュ以後にあらわれた第一世代の現代美術作家のひとり。

ヴァナラは、「第2回福岡アジア美術トリエンナーレ2002」では、クメール・ルージュの犠牲者への鎮魂と、有刺鉄線を抽象的に描いた当時の軍事政権を批判する油彩画を出品しています。自身も彫刻家だった父をポル・ポト政権下で亡くした経験を持っており、平和を強く希求するヴァナラは、福岡では平和の象徴として、凧の制作に取り組みました。

カンボジアには長い伝統をもつ凧があり、収穫期の終わりには凧揚げのお祭りがおこなわれてきました。ヴァナラは、凧揚げを共同体のイベントとして捉えており、子どもから老人までがともに作業し頭上に飛び交う凧を見ながら皆で喜び合う、そうした喜びを、福岡の滞在においても創出したい、と語っています。

2002年の滞在では、地元の中学生との凧作りと凧揚げを行ったほか、一般の市民との凧作りと凧揚げ大会を《タコカップ2002》と称して実施しました。ヴァナラの平和への思いは国境を遥かに越えて、福岡にカンボジアの伝統的な楽器凧をもたらし、人々は時には真剣に、時には大声で笑い合いながら凧作りと凧揚げを楽しみました。

さらに、ヴァナラは福岡在住の日本画家、楢山寿美との共作にも初めて取り組みました。ヴァナラが大型の凧の右翼にカンボジアの大地を表す植物の文様を、左翼は楢山が日本の海を表す波しぶきを描き、その二つの文様は凧の中心で混じり合っています。さらに先端には、音を奏でる楽器が付けられています。2002年のレジデンスの成果展では扇風機で人工の風が送られて、ブーンと風を切る楽器の音が聞かれました。

近年は、油彩画や彫刻、インスタレーションに加え、コンピュータの技法も用いながらクメール・ルージュの記憶をテーマに、創作活動を行っています。

 

《カンボジアの楽器凧との交流》

凧制作のワークショップ

ヴァナラは、2002年の福岡での滞在中、多くの市民とカンボジアの伝統的な凧の制作を行いました。彼は、その年の3月21日から6月23日まで開催した「第2回福岡アジア美術トリエンナーレ2002」(以下、トリエンナーレ)の参加アーティストでもあったため、トリエンナーレの交流プログラムとして、市内の中学生と一緒にカンボジアの凧を制作しました。滞在の後半は、作品制作と並行して、市民を対象にした凧制作ワークショップ《タコカップ2002》を行いました。

1.市内の中学生と凧作り 

日時:2002年7月27日~22日
場所:交流スタジオ、中学校美術室
参加者:福岡市立舞鶴中学校美術部12人

ヴァナラは、交流スタジオを訪れた中学生にカンボジアの文化や凧のある暮らしについて話を行った後、凧作りに取り掛かりました。子ども向けに簡単な作り方にするようなこともなく、カンボジアの伝統的な手法で丁寧に作られる凧は、とてもその日だけでは完成せず、後日、ヴァナラが学校を訪れてワークショップの続きを行いました。完成した凧は、百道浜の海岸で凧揚げを行いました。

2.ワークショップ《タコカップ2002》

日時:2002年7月27日~9月1日
場所:交流スタジオ、シーサイドももち海浜公園
参加者:凧制作 一般12人、凧揚げ大会 一般29人

ヴァナラは、7月27日、美術館の制作スタジオで、カンボジアの伝統的な楽器凧制作についての説明会を開催しました。竹を削って作る凧本体の制作と本体に張る布に描く図柄のデザイン、揚げたときに奏でる楽器の部分の制作など、かなり大掛かりなワークショップとなりました。参加者はその後約1カ月間、スタジオに通って熱心に制作に取り組み、個性豊かな凧を完成させました。

凧の完成が遅れたため日程が予定よりも延期されたものの、凧揚げを競う大会《タコカップ》は無事に開催され、何基もの楽器凧が風を切ってブーンという大きな音を奏でながら、空高く飛行しました。

ヴァナラが凧の揚がり具合と図柄のデザインを審査して、最後に表彰を行いました。

 

 

《実験的な試みとしての凧制作》

《影の凧》と、福岡の日本画家楢山寿美氏と共作した《共同で制作したクメールの凧》を展示しています。

《影の凧》2002年

《共同で制作したクメールの凧》2002年

 

《20年の時を超えたレジデンス・アーティストの応答》

清水美帆さんから、スーン・ヴァナラさんへ

「ヴァナラさんは福岡に来て、自由を感じ、凧を揚げる喜びを共有したいと思ったそうです。その背景にはさほどまだ遠くないクメール・ルージュの記憶があります。戦争や紛争がニュースを流れる今、改めてヴァナラさんの作品に目を向ける意義があるのではないでしょうか。」(清水美帆)

2023年第Ⅰ期レジデンス・アーティストとして福岡に滞在した清水美帆は、以前からアジアの凧のリサーチを行っており、福岡アジア美術館で、2002年にレジデンス滞在したスーン・ヴァナラが制作したカンボジアの凧と出会いました。そして、そのことがきっかけでカンボジアの伝統的な凧についてのリサーチを始め、同時にスーン・ヴァナラと凧との関係性にも興味を抱くようになりました。

2024年1月から当館でスーン・ヴァナラの展示が行われることを知った清水は、ヴァナラの活動や作品に対してのオマージュ作品として、ヴァナラのワークショップのために作成されたカンボジアの楽器凧の制作マニュアルをもとに、自身も凧を創作しました。

ポートレート撮影:ハイジ・ヴォーゲル

清水美帆 Shimizu Miho
滞在期間:2023年7月10日~9月27日

東京在住。ライブイベントや映像作品の舞台セット、衣装なども手掛けるアーティスト。近年は夢、人形劇、凧をテーマに地域コミュニティや専門家との交流を重ねた制作を行っている。福岡では、北部九州を中心とした凧のリサーチを行い、専門家の助言を得ながらオリジナルの凧を制作するとともに、リサーチの成果を展示した。滞在の最後には、福岡市内で行われた凧揚げ大会にゲストとして招かれ、ベトナムの楽器凧と福岡で創作した凧を飛行させた。

撮影:川﨑一徳