
第35回伝統的工芸品月間国民会議全国大会 福岡大会関連企画 「手で考える」
- 期間
- 2018年10月4日 (木) 〜 2019年1月15日 (火)
- 会場
アジアギャラリー
美術の制作方法といえば、まずは「描く」という行為が思い浮かぶかもしれません。しかし、人の手が担うべき役割は、それだけではありません。
ほかにも縫う、編む、染める、こねる、彫るなど、実にさまざま動きがあり、技があり、表現があります。まさに「作り手」たちはさまざまな素材と対話しながら、最良のかたちや色合いを直感的に考えているのです。
今回のコレクション展では、「手で考える」というテーマのもと、展示室ごとに3つのコーナーに分けて、アジア各国の作品をご紹介します。
展示室1 「女/男の手仕事―縫う、編む、描く」
展示室2 「内なる世界との対話―染める、こねる、切り出す、彫る」
展示室3 「社会を編み込む―編む、織る」
女/男の手仕事―縫う、編む、描く
2000年に制作された《黄金のベンガル》では、作り手の住むベンガル地方の暮らしがいきいきと表現されています。稲の収穫をする男たちや、魚やスパイスを調理する女たち、通りを行き交うリキシャや牛車など、そこにはさまざまな物や動物や道具を扱う人々が刺繍されています。そして同時に、女/男の仕事や役割の違いも見て取れます。
実際、カンタと呼ばれるこの刺繍された壁掛けもまた、女性の手によって制作されたものです。デザイナーと刺し子が分業化した1980年代以降の商品化されたカンタでは、男性デザイナーも現れるようになりましたが、基本的には女性の仕事だと考えられています。これは社会主義時代に制作されたモンゴルのアップリケにも似通ったところがあり、1970年代に制作された《幸福》では、画家の夫が下絵を描き、妻が縫製を担当したようです。また糸を編む手わざについては、どこの国でも女性の仕事とみなされています。
一方、男性はというと、乗り物にかかわる仕事は概ねそうです。たとえばリキシャの制作は、車体、絵画プレート、装飾などに分業化されていますが、職人は男性職人ばかりです。またパキスタンの長距離トラックをきらびやかに装飾する職人たちも男性です。
しかし、社会が期待するこうした女/男の役割の違いは、資本主義経済の発達した現代の都市生活において、明らかに変わってきています。北京生まれの女性作家による作品《毛糸》では、男性用と女性用のセーターの糸が解かれ、ふたたび何かが編み直されようとしています。このように現代では、従来の価値観を見直そうとする新たな表現が数多く生まれているのです。
①ベンガル地方
ガンジス川下流の肥沃なデルタ地帯に位置し、ヒンドゥー教徒が多く住むインドの西ベンガル州と、ムスリムが多く住むバングラデシュからなる。かつてはベンガル地方として文化・政治的なまとまりを持っていたが、イギリス植民地政府によるベンガル分割令(1905年)をきっかけに分断された。
②ノクシ・カンタ
ベンガル地方では、古くなったサリーなどの布を何層かに重ねて刺し子を施し、肌掛けなどとして再利用する技術が、母から娘に受け継がれてきた。特にバングラデシュでは、女性の生活向上のための商品として、NGOなどの支援を受けて作られている。ノクシ・カンタという言葉は、ベンガル語で「模様の」を意味するノクシと、「刺し子の布団」を意味する「カンタ」からなる。
③リキシャ
リキシャはその名からも連想できるように、ルーツは日本の人力車にある。明治期に輸出の花形だった日本の人力車は、アジアはもとより遠くアフリカにまで輸出され、その土地に適した形体へと姿を変えた。
内なる世界との対話―染める、こねる、切り出す、彫る
ここで紹介する作品は染色された絹絵、テラコッタの塑像、切り絵的な立体作品、絵画と組み合わされた衝立など、その素材や技法はさまざまです。しかし、作品に込められたメッセージに目を向けると、その多くに共通点が浮かび上がってきます。
たとえば、《わたしは龍》という二枚一組のベトナムの絹絵では、龍と人の顔が描かれています。頭髪はありませんが描かれているのは一人の女性で、龍はその内なる力を象徴しています。作者によると「内なる力は、静かに自分と向き合うときにその力を高める」そうです。その言葉から、目を静かに閉じている女性の方にこそ、内なるパワーがみなぎり、紅い龍が浮かび上がっていることがわかります。またこうした静謐な作品の内容に、何度も水洗いをした絹絵特有の深みのある色調がよく合っています。
このほか、このコーナーでは山岳民族の呪術的な世界観に基づく《魂の窓》や、自然と共生しうる人間本来の力を信じた《最初から始めようⅤ》、人間の生の喜びや絶望が深い陰影とともに切り出されている《手・脚》などを紹介していますが、これらはどれも人間の内面世界に分け入るような作品です。
社会を編み込む―編む、織る
近年の美術の傾向として、社会や地域の人々により直接的に関わろうとする動きが目立ってきています。たとえば、他分野の作り手たちと共同制作したり、社会の問題を解決するようなアプローチです。
《私はそんなジャワ人ではない》は、コンデと呼ばれる伝統的な髷(まげ)を巨大化したような不思議な作品です。しかし、その反対側に回ってみると、木製棚のなかに作者の思い出の品や結婚式の写真が収められていて、これがきわめて個人的な側面をもった作品だということがわかります。作者は籐細工職人との共同作業を通して、工芸的なアイデアや技、職人との関係性そのものを作品のなかに編み込もうとしました。
また《黄金の舟》の作者で、1968年にチッタゴン大学芸術学部を設立したラシッド・チョードリーは、「社会に役立つ美術」の必要性を説き、地元の素材を用いることを重視しました。晩年にダッカへ移住してからは、市内にタペストリー工場を建て、作者がデザインした大型タペストリーなどを制作しましたが、それは多くの働き手が生活していける産業を興すためだったとも言われています。
会場 | アジアギャラリー |
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観覧料 | 一般200円(150円) 高校・大学生150円(100円) 中学生以下無料 |
主催 | 福岡アジア美術館 |
問い合わせ | Tel:092-263-1100 |