心の旅、ベトナム――日本の美術コレクター寄託作品より
- 期間
- 2016年9月8日 (木) 〜 2016年12月25日 (日)
- 会場
アジアギャラリー
日本の美術コレクター3人が心魅かれ、集めたベトナム美術の寄託作品を中心に、1940年代から現在までのベトナム美術を紹介します。現在、当館では約400点のベトナム美術作品の寄託を受けていますが、そのなかから約50点を選び、さらに当館の所蔵作品を加えた約60点を展示します。
3人の美術コレクターは、1980-90年代にかけてベトナムを行き来し、それぞれに特徴あるコレクションを築きました。1人目のコレクションは、1940-60年代のベトナム近代美術――ベトナム美術の特有のジャンルでもある漆絵や、度重なる戦争の困難な生活のなかで描かれた油彩や水彩の小作品などです。2人目のコレクションは、主にベトナム戦争時代に抗米意識を宣揚するために制作されたプロパガンダ・ポスターの原画です。そして3人目のコレクションは、戦争が終わり平穏を取り戻したベトナムの、緑広がる平和な村などを描いた現代の作品です。絹絵や漆絵といった伝統技法を引き継ぐジャンルから、油彩、水彩、本の挿絵、そしてポスターなどまで、激動する社会のなかでベトナムの作家たちは多様なメディアで社会を映し続けました。
日本の美術コレクターたちの「心の旅」をとおして、多彩なベトナム美術の魅力を感じていただければ幸いです。
なお、本展は「アジアフォーカス・福岡国際映画祭2016」ベトナム大特集上映の連携企画であり、また調査においては当館との相互協力館であるシンガポール国立美術館のベトナム美術専門学芸員の協力を得ました。
ブイ・シュアン・ファイ (1920-1988)
ベトナムの国民的画家。ハノイの出身でインドシナ美術学校に学ぶ。人物、静物、演劇、農村、海浜、街並み、戦争など、生涯にわたり幅広いテーマに取り組む。中でもベトナムの大衆歌劇チェオをこよなく愛し、その役者を生涯のテーマとして描き続けた。また、絵に描かれた通りに「ファイ通り」という名前がつけられるほど、ハノイの古い街並みの絵は国民的な人気を博し、作者の代名詞ともなっている。一方で、作者が創り出したハノイ風景の典型はおおくの追随者を生んだ。幾何学的な画面構成や厚塗りの凹凸のある肌合いに、キュビスムやフォービスムを受容したことがうかがえる。
グエン・クアン・ト (1929-2002)
ハノイ出身の画家。青年時代から軍人として抗仏戦争(1946-54 年)を戦い、1955 年に部隊からベトナム美術高等学校へと送られ、卒業後は軍隊所属の画家として活躍した。従軍画家として多くの戦場に出向き、兵士としても戦った。油彩画、漆絵による「祖国の独立と自由のための戦い」をテーマにしたエネルギッシュな作風で高く評価された。本作は、作者がベトナム高等美術学校で美術を学び始めた初期の水彩画。
グエン・サン (1923-1988)
愛国的作家として知られる画家。南ベトナムの出身で、ハノイのインドシナ美術学校で学ぶ。学校を卒業した1945 年にベトナム民主共和国が成立すると、その紙幣のデザインを手がけ、以降、ベトナムの革命芸術の代表作家として、民主革命や権力への抵抗をテーマにした作品を制作した。その一方で、友人の肖像ほか人物像や女性像、農村風景や動物など作者の身の回りに題材を求め、大胆な構図、単純化されデフォルメされた形、そして太く黒い輪郭線などで力強く対象を表現し、モダンで独自な画境を開いた。
グエン・トゥ・ギエム (1922-2016)
ベトナム北中部ゲアン省出身の画家。インドシナ美術学校で学ぶ。1947 年に、美術作家のト・ゴク・ヴァンらとともにベトナム独立同盟(ベトミン)の抗仏運動に加わり、社会主義リアリズム的なプロパガンダ・ポスターや漆絵を制作した。1960年代以降は北ベトナムの美術界から距離をおき、ベトナムの村の暮らしや民俗文化に取材する独自の作風を築いた。聖人ゾン(ベトナム建国物語の戦士)、古代の踊り、十二支の動物、子どもたちが遊ぶ姿などを、漆絵、絹絵、油彩画、水彩画など多彩な手法を用い、簡潔でリズミカルな線で描いた。1985 年に初めて大きな個展を開いた後、広く知られるようになり、1990年代には若い作家に影響を与えた。
レ・フイ・ホア (1932-1997)
ベトナム北部ヴィエトバックのジャングルに開校された美術学校(旧インドシナ美術学校の流れをくみ、レジスタンス美術学校として1950年に開校)で学ぶ。1957年からはアニメーション制作所の中心的な画家として活躍した。展示中のサーカスをテーマにした作品には、アニメーションの世界に通じる色彩感覚や大胆な意匠が見られる。ベトナム戦争期には多くの画家と同様に抗米意識を宣揚する絵画を制作し、戦争終結後は抽象表現やシュルレアリスム絵画を制作するようになった。
タ・ティ (1920-2004)
ハノイ生まれの画家。インドシナ美術学校に学ぶ。1954 年の南北分断以降は南ベトナムに移り、戦後はアメリカに渡った。ベトナムの近代美術界にキュビスムや抽象絵画の表現を持ち込んだ。学生時代にピカソやブラック、マティスに関心をもち、1945 年以降はキュビスムに傾倒した。50年代からのサイゴン時代には幾何学的な抽象表現を油彩やグアッシュ(不透明水彩)などで実験した。また、南ベトナムの文化人などを簡潔な線で描いた人物画、風刺画も多く手がけ、独特の皮肉とユーモアあふれた作品を残している。南ベトナムで活躍したため、ベトナム近代美術史からは忘れられていた存在だったが、近年、再評価が進んでいる。
グエン・ザー・チー (1908-1993)
インドシナ美術学校で漆の技法が教えられると、工芸品の装飾文様が絵画として独立し漆絵のジャンルが成立した。作者は、このベトナム近代美術の特色あるジャンルを代表する画家であり、漆絵を高い芸術的水準へと導いた。伸びやかな線でロマンチックな女性イメージを描いた作品群は、いずれもキラキラ輝く明るい幻想的なムードにつつまれ、新時代のモダンな感覚を十分に映す。
なお本展では、漆絵の構想段階のものと考えられるコラージュ作品と、作者が実験的に取り組んだ抽象絵画を展示している。これらからは、作者が定評を得た女性像だけに満足せず、別のテーマや表現を模索したことがうかがえる。
グエン・ティエン・チュン (1914-1976)
ハノイ生まれの画家。インドシナ美術学校で学ぶ。ベトナムの農民や労働者、兵士などを、温かみのある牧歌的なスタイルで描くことを特徴とする。特に、広い田園で農作業する人々の姿を、横長の画面にのびのびと描いた絹絵や漆絵で知られる。初期は、ロマンチックな絹絵を得意とし、後に漆絵やベトナムの民間版画であるハンチョン版画やドンホー版画を学び、木版画も手がけた。1950 年代前後には自ら絵画教室をひらき、後継を育てる教育者としての側面もあった。1964 年に個展、1990年にはベトナム国立美術博物館で回顧展。
『トゥイ・キォウの物語』の挿絵
1942 年
木版・紙、個人蔵
「トゥイ・キォウの物語」はベトナム文学の金字塔ともいわれる長編叙事詩。19 世紀前半にベトナムの文人グエン・ズー(1765-1820 年)が、中国の小説『金雲翹(キム・ヴァン・キエウ)伝』を翻案した。女性主人公ヴオン・トゥイ・キォウの恋愛、家の不幸など波乱万丈の人生が示す教訓は、ベトナムの国民文学として広く受け入れられている。本11点は、1942年にクアンチ・フエ協会が出版した版のための挿絵で、インドシナ美術学校出身のグエン・ド・クン、ト・ゴク・ヴァンなど、当時活躍した作家の手によるものである。
ベトナムのプロパガンダ・ポスター
ベトナムでは、抗仏戦争(1946-54年)の時代からプロパガンダ・ポスターが制作されていた。特にベトナム戦争の1960 年代後半には、北ベトナム人の対米意識を宣揚するため、人々が雄雄しく戦う姿や労働に精を出す姿が描かれ、中央政府や地方政府の美術協会などをとおしてポスターとして大量に印刷され、町中に貼り出された。物資不足の戦争時代、作家たちはポスター制作のために政府から紙や絵具の支給を受けて描いたという。戦後になると、党大会や国家計画、記念日などを宣伝するポスターが制作されている。本コーナーで展示しているのは、1960-80 年代にポスター用に制作された原画。
| 会場 | アジアギャラリー |
|---|---|
| 観覧料 | 大人200円、高大生150円、中学生以下無料 |
| 主催 | 福岡アジア美術館 |
| 問い合わせ | 福岡アジア美術館:092-263-1100 |