ポートレイト・ミュージアム
- 期間
- 2013年3月22日 (金) 〜 2013年7月2日 (火)
- 会場
アジアギャラリーB
ようこそ「ポートレイト・ミュージアム」へ!
今回のコレクション展「ポートレイト・ミュージアム」では、私たちの意識が思わず「顔」に引きよせられてしまうような、アジアのさまざまな肖像画や肖像写真を展示しています。
まず最初にご紹介するのは、虹のようなカラフルな肖像画が並ぶ、韓国のコー・ナッポンの作品です。タイトルは《ポートレイト・ミュージアム》。肖像ばかりを集めた今回の展示の代表的な作品です。この作品はジャック=ルイ・ダヴィッドの《マラーの死》というフランス18世紀末の絵画にインスピレーションを得て制作されたもので、向かって一番右にあるのが《マラーの死》の部分イメージです。不思議なことに、ここでは《マラーの死》の全体像ではなく、また作品の中でもっとも重要な「マラー」の死にゆく顔でもなく、それが誰なのか判別できないような身体の一部分だけが提示されています。
そしてもうひとつ、このイメージとは別に7点の肖像画とともに展示されているのが、7つの色で水平に分割された抽象画です。これは、コー・ナッポン自身が《マラーの死》の部分図から感受した色です。この7つの色に基づき、7点の肖像画を描いています。
このように、コー・ナッポンのこの作品では、いくつかの手順を踏んで分析的に制作が進んでいますが、対象はコー・ナッポンの友人や知り合いであること、その人に合った色を一つ選ぶこと、肖像画は写真に基づいて描くことなどの決まった方法が取られています。
ポートレイトと一口に言っても、その制作方法や意図は作品によって実に多様です。今回のコレクション展ではポートレイトを4つのカテゴリーに分けて、すこし分析的に見ていきたいと思います。
写真らしく! 写真と絵画の相関関係
ここでは19世紀末のインドや中国の画家たちが、伝統的な絵画技法をベースにしながらも、写真の迫真的な描写を取り込み、写実的で、立体的な肖像を描こうとした作品を紹介しています。
たとえば1880年頃に制作された3点の《インドの女性》は、白黒写真の上から絵の具で着色されたものです。また、インドの細密画家が描いた《タンジョールのマハーラージャ、セルフォジ二世と大臣》では、マハーラージャの顔が、細密画特有の真横からの描写(プロフィール)ではなく、少し斜めを向いて立体的に描かれています。
このように、この時代のアジアの肖像画には、「写真らしく」描こうとした画家たちの試行錯誤の痕跡を見て取ることができます。しかし、写真においても、当初は絵画の構図を参考にしながら、「絵画らしく」撮影したといいますから、この時代の絵画と写真はお互いに影響を受けながら、新しい表現方法を模索していたといえるでしょう。
セルフ・ポートレイト
セルフ・ポートレイト(自画像)といって思い浮かべるのは、いったいどのような作品でしょうか。ひょっとしてそれは、芸術家としての愁いに満ち、その知られざる内面を映しだしたような絵画や彫刻作品なのかもしれません。しかし、ここに展示されているセルフ・ポートレイトの多くは、プロジェクトやパフォーマンスの記録として撮影された写真作品です。また、それらは作者の内面をうかがい知れるような作品でもありません。
ニッキー・リーの作品は、彼女自身がさまざまな人と撮影したスナップ写真です。注意して見なければ、そこに同一人物がいるとはとても思えませんが、彼女は撮影のときだけ変装しているのではありません。長い時間をかけて身も心もその集団に属したと思えたとき、はじめて写真を撮るのだといいます。
これに対しツェン・クォンチの作品は、世界の観光名所で撮ったセルフ・ポートレイトですが、無表情な顔にサングラス、そして人民服をまとう姿からは、彼の個性や内面というものはまったく感じられません。これは簡略化した横顔を何千という壁に描いたジャン・ダーリーにも通じますが、ここでのセルフ・ポートレイトは、セルフ(自分)でありながら、ほかの誰かと代替可能な姿として提示されています。
顔の記憶
「美術館に展示しているポートレイトを見たとき、私は心に不思議な反応を感じました。
それはタイムマシーンによってもたらされる一種の幻想のような思いがけない出会いで、時間と空間を超越するのです。」
これは《ポートレイト・ミュージアム》を描いたコー・ナッポンの言葉ですが、人はなぜそれほど顔に引かれるのでしょうか。このコーナーでは、家族や友人、知り合いなど、身近な人々に関わる作品を紹介します。
ジュアン・ホエの作品は、ある組織やコミュニティに属する何百人もの人々を一度に撮影した記念写真です。一見すると何の変哲もない写真に思えますが、この写真を撮るまでにジュアン・ホエは何度も何度も交渉し、多くの人を説得しなくてはいけませんでした。そういう経緯を踏まえて見ると、この作品は彼のアートプロジェクトの卒業アルバムのようにも見えます。
一方、闘病中の父母を撮影しつづけたソン・ヨンピンの《私の父母》や、シュ・ジーウェイが撮影した《画家方力鈞》は、作品の印象はまったく違いますが、どちらも近しい者だからこそ撮りえた写真ではないでしょうか。
顔のもつパワー
ここでは、有名な政治家たちの肖像や宗教的な絵画など、ある種の力を帯びた作品を紹介しています。
中華人民共和国の建国以降大量に印刷された政治的な宣伝ポスターや、文化大革命時(1960~70年代)に制作された「文革版画」などでは、毛沢東の肖像画が頻繁に登場します。《文革版画6》でもまさに太陽のようなにこやかな肖像が描写され、その眼下にはひまわりが一面に広がっています。この時代、毛沢東は光り輝く太陽に、民衆は太陽に向くひまわりにたとえられ、中国の視覚文化や人々の心理世界に影響を及ぼしつづけました。このような肖像、つまり英雄化され、権威づけられた政治家たちの肖像は、中国のみならず、その他の社会主義国や世界中で見ることができますが、その定式化された様式やポーズは驚くほど似ています。
また、このような肖像の定式化は宗教的な絵画にも当てはまります。たとえばナリニ・ジャヤスーリヤの《キリスト》や《マリア》、ジャミニ・ロイの《3人の聖母》に見られる真正面からの肖像は、キリスト教のイコン(聖画)の伝統を守ったものといえるでしょう。
| 会場 | アジアギャラリーB |
|---|---|
| 観覧料 | 一般200円(150円) 高校・大学生 150円(100円) 中学生以下無料 |
| 主催 | 福岡アジア美術館 |
| 問い合わせ | 福岡アジア美術館 tel:092-263-1100 |