コレクション展

南アジアの信仰と神話的世界

期間
2012年4月5日 (木) 〜 2012年7月3日 (火)
会場

アジアギャラリーA

ヒンドゥー、イスラーム、仏教、キリスト教・・・。南アジアにおける宗教や信仰の多様性は、日本では考えられないほど広く深いものです。本展では20世紀以降に焦点をあて、宗教やその神話的世界を視覚化した南アジア各地の作品(ヒンドゥー教の神話世界をインド中に広めたヴァルマー・プリントや、新収蔵の釈迦の生涯を描いたスリランカの仏教版画など)を紹介します。

ヒンドゥー教
バラモン教のヴェーダ聖典にインド各地の民族宗教や民間信仰が複雑に絡み合いながら形成されたヒンドゥー教は、カーストという身分制度からもわかるように、宗教という範疇を超え、人々の生活に深く結びついています。南アジアにおいては、インドに8億を超すヒンドゥー教徒がいるとされますが、それ以外でもネパールでは約8割の国民がヒンドゥー教を信仰しています。

このコーナーでは、インドとネパールからヒンドゥー教の神々やその神話的世界を絵画化した多彩な作品を紹介します。

【ポーバ絵画】
ネパールのネワール族が描く宗教画で、ヒンドゥー教だけでなく、仏教主題の作品もありますが、ここではヒンドゥー教の神々を描いた最近のポーバ絵画を紹介。躍動感にあふれた艶めかしい女神像を描いたウダヤ・チャラン・シュレスタは、ポーバ絵画の新しい地平をきりひらいた画家です。
また、これとは対照的に、サシ・サハとバツサ・ゴーパル・ヴァイディヤによる現代的な絵画も紹介。彼らは明快な色彩と単純化・象徴化した形体によってヒンドゥー教の神々を視覚化し、独自の造形表現を追求しました。

【ミティラー画】
インドのビハール州マドゥバニ地区とネパールの一部で見られる伝統的な民俗画で、各家で母から娘に受け継がれてきました。伝説のミティラー王国がこの地にあったことから「ミティラー画」と呼ばれています。本来は壁画や床絵ですが、貧困からの脱出や女性の自立支援の資金源にするため、紙や布に描かれ、売られるようにもなりました。

【カーリガート絵画】
コルカタ(カルカッタ)が英領インドの首都になり、周辺の村からそこへ集まってきた絵巻物の画家たちが制作しはじめた絵画。多くがカーリガート寺院(1809年創建)周辺に集まって制作したことから、カーリガート絵画と呼ばれています。もともとはこの寺院の参拝客向けに作られたものでしたが、当時インドに滞在していたイギリス人にもお土産として購入されました。ミティラー絵画にも共通する単純化された描線は、ジャミニ・ロイのようなインド近代美術の画家たちに影響を与えました。

【ヴァルマー・プリント】
19世紀後半、インド人画家のラージャー・ラヴィ・ヴァルマーは、『マハーバーラタ』などの物語やヒンドゥー教の神々の世界を、写実的な西洋絵画の技法で視覚化し、各地の藩王などから絶大な人気を博しました。そして1892年には印刷所を設立し、ヴァルマーの絵画をもとにしたリトグラフを大量印刷します。これにより、一般民衆には手に届かなかったヴァルマーの絵画は、より安価な印刷物「ヴァルマー・プリント」としてインド中に流布しました。

 

イスラーム
南アジアでは11世紀以降、北インドを中心にイスラーム系王朝の統治を受けてきました。現在でもパキスタン、バングラデシュ、モルディブでは、ムスリムが圧倒的多数を占め、インドでも1割以上、つまり1億人以上のムスリム(イスラーム教徒)が存在します。しかし、宗教美術という側面で見ると、唯一絶対の神アッラーを信仰するイスラームは、偶像崇拝を徹底的に排除したため、カリグラフィーや建築、書物の挿絵(細密画)などは発達しましたが、ヒンドゥー教や仏教のように神話的世界が表象されることはほとんどありませんでした。
このコーナーでは、当館所蔵品の中からバングラデシュの絵付カレンダーを紹介します。

【バングラデシュのカレンダー】
政治家や映画スター、歴史的建造物など、バングラデシュのカレンダーには多彩なイメージが登場しますが、宗教的なものでは礼拝する姿が多く見られます。ムスリムにとって礼拝とは、イスラームの根幹をなす5つの信仰行為のひとつで、1日5回、メッカのカアバ神殿に向かって行われます。

 

キリスト教
大航海時代(16世紀)のポルトガルが、インド南西部のゴアやカリカットに拠点を置いたため、南アジアのキリスト教徒(多くはローマ・カトリック)はこの地域に集中しています。しかし、ヒンドゥー教やイスラームと比較すると数は非常に少なく、キリスト教美術も多くありません。それでも南アジアの画家たちにとって、西洋絵画とその本流ともいえるキリスト教美術の影響は決して小さくありません。たとえば、ヒンドゥーの神話世界に新しいイメージを吹き込んだラジャー・ラヴィ・ヴァルマー。また、スリランカのマルガワゲ・サルリスもキリスト教美術のイメージを援用し、仏教的世界を絵画化しました。
このコーナーでは、インドの民俗画を源泉に独自の造形表現を磨きつづけたジャミニ・ロイと、スリランカの女性画家ナリーニ・ジャヤスリヤの作品を紹介します。

 

仏教
紀元前5世紀にインドで誕生し、アショーカ王時代には盛んだった仏教も、その後はヒンドゥー教やイスラームの勢いに押され、南アジアにおいて存在感を薄めていきます。しかし、スリランカの上座部仏教、ブータンのチベット仏教ドゥク・カギュ派をはじめ、ネパール、インドにおいて多彩な広がりを見せています。
このコーナーでは、スリランカの仏教版画(2011年度新収蔵品)、ブータンの仏壇、ネパールのポーバ絵画などを紹介します。

【スリランカの仏教版画】
スリランカ近代美術史において重要な役割をはたした画家マリガワゲ・サルリスによる仏教版画。サルリスは20世紀前半に仏教寺院のための絵画や彫刻を制作しましたが、それらの絵画イメージは後にドイツでリトグラフ印刷され、スリランカ中に流布することになりました。ここでは、仏伝を主題とした一連の版画を紹介します。

【ブータンの仏壇】
ブータンでは、「タンカ」と呼ばれるチベット式の仏教絵画をはじめ、信仰を支える仏教芸術が大切に守られていて、仏壇もそのひとつです。ここに展示している家庭用の仏壇は、木彫を担当するカルマと、彩色を担当するレキ・ドルジによって制作されたもので、チョシャムと呼ばれる祭壇部分とバンドムと呼ばれる水屋部分の上下からなり、祭壇部分には12躯の仏像と2基の仏塔が安置されています。

【ポーバ絵画】
ヒンドゥー教のコーナーでも紹介したポーバ絵画の中から、ここでは仏教の諸尊を描いた作品を展示しています。