コレクション展

あじびレジデンスの部屋 2
「ミャンマーの美術作家たちはいま―アウンコー」

期間
2024年9月14日 (土) 〜 2024年12月17日 (火)
会場

アジアギャラリー

福岡アジア美術館では、1999年の開館当初から、毎年アジアの美術作家や研究者を招いて一定期間滞在していただき、市民との共同制作やワークショップ、トークなどをとおして交流をおこなう「レジデンス事業」をすすめてきました。2022年より、Fukuoka Art Next(彩りにあふれたアートのまちをめざす福岡市主催の事業)の一環として、アジアのみならず、国内外から公募した年間8組9人のアーティストが、Artist Cafe Fukuoka(中央区城内)のスタジオで制作に取り組んでいます。こうしたレジデンス事業の「これまで」の取り組みとその後のアーティストの活躍を紹介するため、2019年度より「あじびレジデンスの部屋」を開設しました。
今年度の第2回目は、「第4回福岡アジア美術トリエンナーレ2009」の交流プログラムで福岡に滞在したミャンマーのアウンコーを紹介します。自分の幼年時代や故郷をテーマに制作するアウンコーの、福岡滞在中に人々との交流の中で作った作品のほか、ミャンマーの2021年クーデター後、フランスに逃れてからの活動もあわせて紹介します。

アウンコー
1980年、ミャンマー、バゴー地方ピィ、トンボゥ村生まれ、パリ在住。
インスタレーション、パフォーマンス、映像など実験的な表現に取り組み、国際的に活躍するミャンマーの中堅作家の代表的存在。2002年、ヤンゴン文化大学(絵画)卒業後、ヤンゴンを拠点に活動。2008年「シンガポール・ビエンナーレ」、2009年「第4回福岡アジア美術トリエンナーレ」に参加し、1か月間福岡に滞在。2021年の軍事クーデター後、パリに移住。2022年「ドクメンタ」(ドイツ)に出品するなど国際的に活躍。

故郷の村での子ども時代の記憶から
ミャンマー中部の村で育ったアウンコーは、生き物や自然とともに生活し、村で育った子ども時代の経験を大切にしてきました。本展で紹介する《アウンコーの村》の村の生活への温かいまなざしに見られるように、子ども時代の記憶、村の共同体に関心をよせた作品を制作してきました。故郷の村では、アーティストのパートナー、ニェレイとともに、「トゥイェーダン村アートプロジェクト」を立ち上げ、2007年から断続的に活動をしています。検閲が厳しい首都ヤンゴンでは発表できないテーマでも、村でのプロジェクトでは、村の人々やミャンマーのアーティストとの共同制作をとおして、自由な表現を求め、新しい創作に挑戦しました。

軍事クーデター後、パリに移って
1960年代から軍事独裁政権が続くミャンマーでは、1988年に大規模な民主化運動が起き、2011年についに民政移管しました。2010年代は、海外への渡航や表現の自由などが緩和され、アウンコーも日本やフランスなど海外でのレジデンスに参加するようになりました。しかし、2021年2月に軍事クーデターが発生し、生活は一変しました。アウンコーは仲間たちとともに軍事権力への抗議デモのため街頭に出ましたが、日に日に抑圧が厳しくなり、新型コロナウイルス感染症も同時に進行するなか、アウンコーとパートナーのニェレイ、娘の一家は、2021年8月に国を脱出し、未来が見えぬままパリに逃れました。家族や友人たちを故郷に置き去ったことは、今もアウンコーたちの心を痛ませています。
見知らぬパリという土地での困難な生活のなかでも、アウンコーは2021年にパリでのレジデンスに参加し、2022年には国際展「ドクメンタ」に出品、個展「こことあそこ」(A2Z Art Gallery、パリ)の開催、そしてパリ国立高等美術学校の修士課程で学ぶなど道を切り拓いています。クーデター後の抵抗活動で目にした恐怖や犠牲、その真実を明らかにすることを使命とし、アウンコーは自由を求める長い旅の途中にいます。

福岡アジア美術館での滞在制作《私のアイデンティティ・コレクション》
滞在期間:2009年9月1日~30日
アウンコーは、ミャンマーの田舎で育った自身の経験をもとに、故郷の子どもたちが抱く希望や老人の体験と記憶、失われつつあるアイデンティティなどをテーマに《私のアイデンティティ・コレクション》を制作しました。
福岡に到着後すぐに、市内にある「骨董村」を訪れ、古いキャビネットと額に入った鏡などを入手しました。それらにミャンマーから持参した子どもや老人たちの顔写真が貼られた瓶の王冠をとり付け、キャビネットの中央に、戦争の記憶を集めたイメージを次々と描いていきました。
その後、市内の公民館や高齢者施設を訪問して60歳以上の方々にインタビューをおこないました。アウンコーは、作品のテーマや故郷のミャンマーに思いを馳せながら話をした後、福岡のお年寄りの方々に若かった頃の経験や現在の生活、これからの人生について話を聞き、アンケートを託しました。後日、アウンコーのもとには思い出の写真を添えた回答の手紙が多く寄せられました。
それらを壁面に設置して、福岡とミャンマーの人々の記憶とそれぞれの人生を集めたインスタレーション作品《私のアイデンティティ・コレクション》が完成しました。

ワークショップ「貼り絵の森を作ろう!」
2009年9月18日(金)11:45~  福岡市立有田小学校 3年生101人
2009年9月25日(金)12:30~  福岡市立横手小学校 6年生77人
アウンコーは、福岡滞在中に2つ小学校とワークショップをおこないました。
ワークショップに先立ち、アウンコーはミャンマーから持参した手漉きの紙を使って、大きな木の貼り絵を制作しました。当日、子どもたちは、ミャンマーの森林伐採についての話を聞いた後、自然を回復させる願いを込めながら森にすむ動物や植物、風景などを切り絵で制作し、木のまわりに貼りつけていきました。そして、完成した森の風景を見ながらもう一度自然破壊についてみんなで考えました。子どもたちは、熱心に環境破壊について語りかけるアウンコーに圧倒されながらも、初めて聞くミャンマーの話に共感し、ワークショップを終了しました。

作品解説
①アウンコー《アウンコーの村》2010-11年
インクジェットプリント・紙(6枚)、ビデオ(41分32秒)

ミャンマーの故郷の村で、人々と数年がかりで中古自転車を改造した3人乗りの自転車。その過程を季節ごとに写真と映像で記録した作品です。1980年代、作者が子どもの頃、ミャンマーの田舎では、自転車はみながうらやむ乗り物でした。3人が上手く力を合わせなければ動かない自転車は、ミャンマーの三つの季節(雨季・夏季・冬季)、人生の三段階(幼少・若年・老年)、仏教の三宝(仏・法・僧)という三つの要素の調和の大切さを表しています。
作者は、かつて父の自転車に乗せてもらった懐かしき記憶を胸に、3人乗りの自転車で未来へと進みだそうとしています。

② アウンコー「竹のいかだ-追憶2020-2024」2024年、作家蔵
ビデオ(12分40秒)協力:Palais de Tokyo

アウンコーが経験した2020年から2024年までの日々をつづった映像。アウンコー一家は、2020年、新型コロナウイルス感染症が蔓延する首都ヤンゴンから逃れて、故郷の田舎に身を寄せました。そこはコロナを忘れさせる世界で、これまでと変わらず、村人たちが竹を切り出し、いかだにして輸送する仕事がたんたんと続いていました。しかし2021年2月の軍事クーデターによって、人々の生活は一変し、アウンコーも家族(パートナーと娘)とともにパリに逃れ、現在にいたります。パリに移住した後、この大きな変化が起きた2020-2024年までの、もう戻らないミャンマーでの日々を映像にまとめました。

撮影:長野聡史
撮影:長野聡史
撮影:長野聡史
撮影:長野聡史