コレクション展

切り紙の魔術師―呂勝中

期間
2024年1月2日 (火) 〜 2024年4月9日 (火)
会場

アジアギャラリー

《はじめに》

 リュ・シェンジョン(呂勝中)は、中国民俗芸術の「剪紙(せんし)」*を創作の源泉に、スケールの大きな現代美術作品を生みだしてきた、中国を代表する美術家です。本展は、2022年にリュ氏が逝去されたことを受け、作者の功績を所蔵作品で振り返る企画です。
 今回は、剪紙による平面作品4点とインスタレーション作品1点を、「受け継がれる魂」「魂を集め、治癒する」のふたつのコーナーに分けて紹介します。また、作者が師とあがめたクー・シューラン(庫淑蘭)の作品1点も紹介します。
展示室いっぱいに広がったリュ・シェンジョンの世界観を全身で感じていただければ幸いです。

*「剪紙(せんし)」とは?
 中国ではハサミで切り抜いた図柄を「剪紙」と呼ぶ(日本では「切り紙」)。1500年以上の歴史をもち、正月をはじめとする年中行事の飾りや、邪気を払うものとして飾られ、現代でも生活に根ざした装飾品となっている。2009年に世界無形文化遺産に登録された。

《リュ・シェンジョン(呂勝中)とはどんな人物か?》

 1952年、中国の山東省平度県の農村部に生まれたリュ・シェンジョンは、幼いころから母親が小さな紙切れで花を作っているのを見ていました。
 山東省師範大学美術学部に入学したリュは、伝統的な中国画を学びましたが、中央美術学院民間美術学部に入学した後から年画や剪紙などの民俗芸術に関心を寄せ始め、1989年から学院のアトリエを「小紅人(ひとがたの剪紙人形)」を用いて呪術的に空間を埋めつくす「招魂堂」というインスタレーションとして発表したことで、美術家としての道を歩み始めます。
 大学卒業後、リュは中国奥地を旅し始めます。荒れた乾燥地帯で知られる陝西省を訪れた際、農民の女性たちが作る、線が太く、土俗的なエネルギーを感じるパワフルな剪紙に衝撃を受けます。同時にこの地で、リュが師と仰いだクー・シューラン(庫淑蘭)とも出会いました。
 リュは、伝統的な剪紙技法と、大空間でのインスタレーションという現代美術的な手法を組み合わせ、新しい中国現代美術のスタイルを確立しました。それだけではなく、様々な問題を抱える現代社会に生きる人々の病んだ魂の鎮魂と、回復を込めた作品を多く発表し、国際的に活躍するアーティストとして一躍有名になりました。
2004年から北京中央美術学院の教授として後進の育成にも力を入れ、若い美術家を数多く輩出しましたが、2022年、享年70で逝去されました。

《受け継がれる魂》

 このコーナーでは、リュ・シェンジョンが師と仰ぐクー・シューラン(庫淑蘭)の作品《剪花の娘》と、リュ・シェンジョンの代表的な作品《〇》、《〇の負形》の2点を紹介します。

 クー・シューラン(庫淑蘭)は、1920年に中国の陜西省旬邑県に生まれました。封建社会の影響を色濃く残した農村部で育ち、産まれた13人の子供のうち10人を亡くすなど、辛く悲しい日々を送るなかなで、救いを求めるように、母から娘と伝わった剪紙を始めます。65歳の時には、崖から転落する事故に遭い数カ月間寝たきりの生活を送ったことから、生命の源泉である「生命樹」や「女神像」へと関心が移り替わります。1996年には中国の美術家として初めて、「民間美術工芸の巨匠」としてユネスコに登録されました。

 作品《剪花の娘》は、作者が1995年以降に頻繁に制作した《剪花娘子》シリーズの1点で、手に小さなハサミを持った少女は、作者の化身として創作した「剪紙の女神」を表しています。伝統的に伝わる素朴な剪紙とは一線を画す、華やかで繊細な作風が特徴です。

 リュ・シェンジョンは1980年代後半から、〈小紅人(シャンホンレン)〉と呼ぶ、紅いひとがた人形を大量に作り、作品に展開してきました。小紅人は、中国民間信仰において病を癒し、瀕死の魂をこの世に呼び戻す「招魂」の儀式に使われる剪紙人形に由来しています。

 《〇》では、中央の円に向かって、無数の小紅人が突き進んでいます。太陽が光を放っているかのようなその図形には、壮大な宇宙観やエネルギーが感じられます。また、紙は切り抜いた部分(ネガ)と残された部分(ポジ)を生み出しますが、作者はこのふたつに、中国古来の陰陽思想*を重ねています。

 《〇の負形》は、黒い円から小紅人が飛び出す、《〇》と一対になる作品です。現代社会によって病んだ人間の魂と肉体を表す、陰(ネガ)と陽(ポジ)の共存を表現した作品です。

*「陰陽思想」とは?
 中国を中心に発達した、世界は陰と陽のふたつの要素から成り立っていると考える思想(光と闇、昼と夜など)。この世の存在は相反するふたつの性質を持つものの調和から成り立っているとされる。

《魂を集め、治癒する》

 中国の民間信仰では、「病気」や「死」は人の魂が本来あるべきはずの体から離れることによって起こるものと考えられています。「招魂」とは、その離れた魂を本来の場所へ呼び戻すこと、つまり、病んだ者を癒すという意味が込められています。また、円や人形などの単純な形を使うことは、言語や国を超えて誰もが理解することができるという作者の思いが込められています。

 《和合の詩》は、様々なパターンで結合した小紅人が円の下に配置され、絵文字のように、もしくは草書(早書きの書体)のように整然と並んでいます。作家は本作を、「世界の言語であり、どんな人でも読むことができる文字で、合唱することのできる和合(親しみ合うこと)の詩である」と述べています。

 《魂を集める(萃魂)》でも、小紅人の複雑な連なりによって、生命や自然のエネルギーを想像させる、あらゆる有機的な形が表現されています。

 中央に展示されている作品《替身(形と影)》の「替身」とは、「身代わり」を指し、他人の罪を代わって負う者を意味します。ふたつの射撃用の的には、それぞれ無数の穴が空いていますが、そのふたつ分の痕跡が、ネガとポジに分かれたふたつの小紅人を貫いています。題名の「形と影」とは、人間の「肉体と魂」を表しているそうです。しかし、ネガとポジのふたつの小紅人を銃痕が貫くように、人間の肉体と魂は分かれるものではないということを、誰かの身代わりに銃で撃たれた「替身」が示してくれているのかもしれません。