コレクション展

上海コネクション

期間
2010年10月7日 (木) 〜 2010年12月25日 (土)
会場

アジアギャラリーB

「上海」の名から思い浮かぶのは、どんなイメージでしょうか。上海外灘の壮観なパノラマに、近未来的な浦東の東方明珠タワー。
オールド上海をしのばせる旧租界の古い洋館に、洗濯物がはためく下町の庶民の暮らし。
上海は、かつて「魔都」と呼ばれた時代から今日まで、世界中の人々を惹きつけてきました。中国においてもっとも早く西洋近代の影響を受け、今日では中国最大の人口を誇る巨大都市に成長。時代時代で、そこに集まる人々のエネルギーや夢を糧に変貌を遂げてきました。上海の魅力を反映するかのように、当館のコレクションには上海ゆかりの作品が多数あります。本展では上海をキーワードに当館のコレクションをめぐり、福岡から最も近い中国の都市のひとつである上海の魅力に迫ります。

 

1 国際都市・上海の誕生
アヘン戦争後の1842 年に結ばれた南京条約により、国際都市としての海の歴史が幕を開けました。欧米とのあいだに定期航路が結ばれ、道路が整備され、橋が架けられ、ガス灯がともり、学校、病院、劇場、公園、クラブ、競馬場など、さまざまな施設ができ、上海は急速に変貌を遂げていきました。ここでは、海外から上海を訪れた人たちがまず目にした、上海のシンボルともいえる外灘の景観を描いた作品をはじめ、外国人のあいだで人気のあった写真などを通して、国際都市・上海の初期の姿をふりかえります。

 

2 ポスターにみる上海摩登
1911 年に清朝政府が崩壊し、中華民国が成立して間もない上海には、東洋一の国際都市が出現。瀟洒な洋風建築がならぶイギリスやフランスの租界、重厚な外国商館、銀行やホテルがならぶ上海外灘を中心に、上海には、近代建築、映画やジャズなどのモダンな文化が花開いていました。そうした1920 年代から30 年代の上海で、煙草や化粧品などの輸入品、保険会社や貿易会社を宣伝するポスターが都市の人々の人気を博しました。印刷された図柄は多種多様でしたが、圧倒的に人気だったのは、流行の洋服を着たモダンガールや、八頭身の美女が登場する、どこかユーモラスな中国の故事や神話などを描いたものでした。この種のポスターは年間を通して各家庭に飾られるように、しばしばカレンダーが付けられ、「カレンダー付きポスター(月份碑)」や「カレンダー付き年画」と呼ばれるようになります。上海で誕生したポスターは、その後、上海以外の都市へも広がり、資本主義と消費主義の到来を告げていきました。
ここでは、1920 年代から30 年代のポスターを展示しています。合せて1949 年の中華人民共和国成立以降に作られたポスターも紹介します。

 

3 上海に学んだ南洋の華人作家たち
マレー半島(現在のマレーシアとシンガポール)の近代美術は、中国系の華人画家たち、中でも特に、上海の美術学校の卒業生たちが重要な担い手となりました。パリに留学後、上海美術専科学校で教鞭をとった劉抗や、上海美術専科学校を卒業し、パリに留学した張汝器らは、1936 年にシンガポールで華人美術研究会を設立し、マレー半島の美術界を率いる存在となっていきます。また、太平洋戦争後に中国からシンガポールに移り、近代美術に重要な貢献を果たした陳文希、鐘泗賓らも上海の美術学校の卒業生や教師でした。ここでは、マレーシアやシンガポールで活躍した上海ゆかりの華人画家たちの作品を紹介します。

 

4 上海ゆかりの現代作家たち
1949 年に建国された中華人民共和国では、社会主義リアリズムに基づいた美術制作が求められるようになり、1960 ~ 70 年代の文化大革命では、その方針が徹底して推し進められました。しかし、1979 年に改革開放政策がはじまると、それまで長く途絶えていた海外の美術動向や思想が、国内にも入ってくるようになります。作家たちは新たな表現を模索し、上海では、新しく抽象表現に軸に置いた作家たちが台頭します。現在アメリカに拠点をおく孔柏基は、70 年代から80 年代の初頭にかけてその先駆け的な役割を果たし、丁乙、陳墻ら次世代の作家たちは、一貫して抽象表現に取り組んでいます。一方、黄丕謨、王向明ら中国美術家協会に所属する作家たちも、多彩な展開をみせています。

 

5 疾走する都市・上海のイメージ
今日の作家たちは、社会の急速な変化に敏感に反応し、時には批判的なまなざしを、時にはクールでユーモアあふれるまなざしを作品にこめます。また、上海に住みながらも、その喧騒とはかけ離れた、静かな白昼夢のような世界を追い求める、楊福東のような若手の映像作家も登場しています。個々の作家のまなざしを通してみる上海の街は、皆さんの目にどのように映るでしょうか。