ライオネル・ウェント [スリランカ]
《シンハラ人漁師のトルソ》1936-37年頃
福岡アジア美術館

Permanent Collection Exhibition

アジアン・フォト・ヒストリー

Period
Oct 31, 2024 〜 Dec 17, 2024
Venue

アジアギャラリー

はじめに
写真が発明され、おおよそ200年近くが経ちました。それまで、人間の営みは絵画や造形物、文字などによって記述・記録されてきましたが、写真という「光の化学反応によって図像(イメージ)を定着させる技術」が誕生し、人間の眼に見えるものを物理的に定着させ、複製することが可能になりました。さらに、19世紀末から20世紀への技術革新が進むなかで、多くの写真家によって、絵画に代わる「芸術としての写真」が生み出されました。さらに写真は、印刷技術と結びつくことで社会的な影響力を持つようになり、新聞や雑誌、報道写真などのジャーナリズムや広告などの領域にも広がっていきます。21世紀に入るとデジタルテクノロジーの進化によって誰もが気軽に写真を撮ることが可能になりました。スマートフォンを持つようになった現代の人々は、SNSを通して、煌びやかに加工された写真と同時に、戦争や事故などの痛ましい写真も容易に目にすることが日常となりました。私たちは毎日にように膨大な量の写真を目にするようになりました。今や「写真」は、現代社会において、人間の思想や感性、さらには倫理観を表すもっとも身近な方法として、欠くことのできないメディアとなっています。

本コレクション展は、アジアにおける写真の歴史に注目します。
アジアに最初に写真が持ち込まれたのは1850年頃とされています。それは、欧米列強から西洋人写真家が、植民地支配への欲望を秘めたアジアへの「撮影旅行」を活発に行った時期と重なります。西洋人写真家たちはアジアの人々を、「自分たちとは異なるエキゾチックな文化を持つ他者」として被写体にしてきました。このように始まったアジアの写真史は、「撮られる側」から「撮る側」への「視点の変化の歴史」であったと言えるでしょう。また、写真を撮ることは、往々にして「被写体をここに留めておきたい」という欲望をともないます。アジアの写真家たちは、いかにして、そのような欲望や撮影者としての権力性と向き合ってきたのでしょうか。
本コレクション展では、アジア各地で生み出された写真の「被写体/撮影者」の関係に注目しながら、長きにわたるアジア写真史の一断片を紹介します。膨大な写真が瞬時に流れていく現代社会において、本展で紹介する写真を通して「見ること」とは何か、立ち止まって考えるきっかけになれば幸いです。

1.1870年代-1890年代/アジアにおける写真の始まり
1839年、最初の写真技術といわれる「ダゲレオタイプ(銀板写真)」がフランスで発明されると、1840年代頃には中国をはじめアジア各地に写真が導入されました。アジアにおける写真の始まりは、欧米列強との交易を通して急速に普及したのです。また、この時代に重要な役割を果たしたのが、イギリスやオランダなどが設立し、国際貿易や植民地経営にも関わっていた「東インド会社」です。この東インド会社を通した西洋向けの輸出用として、さらには社員のお土産品として、絵画や写真などが数多く制作されました。被写体に選ばれたのは、肖像や風景、風俗などで、西洋人の嗜好を意識したエキゾチックな視線を内包していました。ここでは、インドの「カンパニー・スクール」、中国の「チャイナ・トレード」などをご紹介します。

2.1930年代-1960年代/写真における芸術性の実験
19世紀末の西洋では、写真の技術革新が進むなかで、絵画に代わる「芸術としての写真」が生み出されます。それは、絵画のイメージを模倣することによって写真の芸術性を確立しようとする「絵画主義(ピクトリアリズム)」でした。アジアにおいても20世紀初頭から、写真家たちが西洋の動向を取り込みながら、「芸術」としての写真の在り方を模索し始めます。アジアの写真家たちは、西洋の視点を借りて自身のアイデンティティや自国の伝統や文化を、捉え直していたのではないでしょうか。ここでは、スリランカで活動したライオネル・ウェント、上海と台湾で活動したロン・ジンサン(郎静山)、ジャン・ジャオタン(張照堂)を紹介します。

3.1970年代-1990年代/時代を写すセルフ・ポートレート
写真の発明から今日まで、人々が普遍的に関心を寄せているもの、それは「セルフ・ポートレート」です。特に、1970年以降の美術の領域でセルフ・ポートレートの手法は注目を浴び、「自己像」を通じてアイデンティティに迫るものから、社会に蔓延するステレオタイプを問う表現など、その手法は多様に展開してきました。アジアにおいても写真家たちが、「セルフ(自分)」を「ポートレイト(生き写し)」することで、自らが置かれている時代や社会を、客観的な視点で新たに見出そうとしました。ここでは、自分自身を被写体にしながら、国や人種、さらには家族間の関係性を問う写真を紹介します。

4.1980年代-2000年代/ドキュメントとしての写真表現
写真は時代の目撃者でもあります。写真はかつてそこにあった出来事や揺るぎない事実を捉える役割もありました。アジアにおいては不安定な社会情勢が続き、特に1980年代以降、地域によっては、軍事独裁政権とその反発としての民主化運動、経済の自由化と資本主義経済の弊害、都市と農村の分断や貧富の格差などといった厳しい問題に直面していきます。こうした社会の大きな変化に対して、写真家たちは、見過ごされてしまうような些細な事柄や社会的マイノリティへと目を向け、被写体にしてきました。ここでは、沖縄に住む外国人女性を長年にわたり撮影してきた作品や、都市開発によって変容した都市を写した作品を紹介します。

5.2000年代以降-/構成された写真-コンストラクテッド・フォトグラフィ
2000年代以降、美術家や写真家たちは自らの意志で世界の様々な場所へ移動・移住するようになり、人間関係のありかたも、美術の国際的なネットワークも、多様化・細分化していきました。また作品のテーマは社会的、歴史的なものから、個人的世界や日常といった身近なものまで広がり、写真表現においては、現実と虚構のはざまを演出的につくりながら、現実には存在しないイメージを作り上げる「コンストラクテッド・フォトグラフィ(構成された写真)」が登場します。これは、「撮る」行為から、自ら「作る」行為への移行であり、写真の現実性や虚構性を遊戯的に問い直すことでもありました。ここでは、2000年代以降に制作された写真作品を紹介します。

※本展会期は、10月末~に変更となりました